多くの親御さんにとって、手足口病は夏になれば誰でもかかる、比較的軽い病気という印象が強いかもしれません。確かに統計的には、感染者の大部分が数日のうちに回復し、特別な処置を必要としません。しかし、私たち小児科医が流行期に最も神経を尖らせているのは、数千人に一人、あるいは数万人に一人の割合で発生する重症例です。手足口病のウイルスは、喉や腸で増殖した後、血流に乗って全身へ広がりますが、これが脳を包む膜である髄膜や、脳そのものに達すると非常に危険です。外来で診察する際、私が親御さんに必ずお伝えしている「重症化のサイン」は、大きく分けて三つあります。第一に、繰り返す嘔吐です。口の中の痛みが原因で水分が摂れないのとは異なり、脳に影響が出始めると、噴水のように吐いたり、何度もえづいたりするようになります。これは脳圧の上昇を示唆する極めて深刻な兆候です。第二に、神経学的な異常、つまり動きや反応の変化です。特に注目していただきたいのが「ミオクローヌス」と呼ばれるピクッとした短い筋肉の収縮です。寝入り際や静止している時に、びくっと体が大きく震える動作が頻繁に見られる場合は、脳幹部などにウイルスが影響を及ぼしている可能性があります。また、立たせた時にふらついて歩けない、あるいは座っていられないといった平衡感覚の異常も、小脳への影響が疑われるサインです。第三に、循環不全の兆候です。呼吸が浅く速い、脈拍が非常に速い、冷や汗をかいている、顔色が土色に近いといった状態は、肺水腫や心不全といった致命的な合併症の入り口に立っている可能性があります。これらの症状は、発熱の有無に関わらず出現することがあるため、注意が必要です。特に、一度下がった熱が再び上昇して四十度近くなる場合は、合併症を伴っているリスクが高まります。診察室で私たちが親御さんに「お子さんの様子をよく見てください」と言うとき、それは単に機嫌を伺うことではなく、これらの生理的な異常がないかを確認してほしいという意味なのです。手足口病による死亡例や重篤な後遺症は、過去の流行時にも報告されており、決して過去の話ではありません。もし、夜中に子どもが何度も吐き、呼んでもぼんやりとしているようなことがあれば、翌朝を待たずに救急外来を受診してください。早期の入院と全身管理が、その後の予後を大きく左右します。医師として願うのは、すべての親御さんがこの「最悪の事態」を想定した観察眼を持ち、迅速な行動を取っていただくことです。