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ヘルパンギーナと手足口病、妊婦にとっての違い
夏になると、子供たちの間で流行する二大夏風邪、それが「ヘルパンギーナ」と「手足口病」です。どちらも同じエンテロウイルス属のウイルスによって引き起こされる兄弟のような病気で、発熱や口の中の発疹といった共通の症状も多いため、混同されがちです。しかし、妊娠中の女性にとっては、この二つの病気には知っておくべき微妙な違いがあります。まず、胎児への影響という観点では、どちらの病気も、風疹のように先天異常のリスクを著しく高めるという報告は現在のところありません。この点は、妊婦さんにとって共通の安心材料と言えるでしょう。違いが現れるのは、主に「症状の現れ方」と「原因ウイルスの種類」です。ヘルパンギーナの症状は、その名の通り、喉(咽頭)に限定されるのが大きな特徴です。突然の高熱と共に、喉の奥にだけ水疱や口内炎ができます。手や足に発疹が出ることはありません。一方、手足口病は、その名の通り、「手」「足」「口」の三か所に発疹や水疱が現れるのが特徴です。口の中だけでなく、手のひらや足の裏、時にはお尻や膝にも症状が広がります。妊婦さんがかかった場合、ヘルパンギーナは「喉の激痛」が主たる苦しみとなるのに対し、手足口病はそれに加えて、「手足の痛み」で歩行や物が掴むといった日常動作が困難になるという、より広範囲な苦しみを伴う可能性があります。次に、原因ウイルスの種類です。どちらもエンテロウイルス属ですが、ヘルパンギーナは主に「コクサッキーウイルスA群」が原因です。一方、手足口病は、「コクサッキーウイルスA群」に加えて、「エンテロウイルス71(EV71)」なども原因となります。このエンテロウイルス71は、稀ではありますが、髄膜炎や脳炎、心筋炎といった重篤な中枢神経系の合併症を引き起こすことが知られています。これは、子供だけでなく、感染した大人にも起こりうるリスクです。したがって、どちらもつらい病気であることに変わりはありませんが、合併症のリスクという点では、手足口病(特にエンテロウイルス71が流行している場合)の方が、より慎重な経過観察が必要と言えるかもしれません。しかし、妊婦さんが過度に不安になる必要はありません。どちらの病気も、基本的な感染対策は同じです。手洗いを徹底し、もし感染した場合は速やかに医師に相談するという原則を守ることが、何よりも大切です。
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私が胸の痛みで救急外来に駆け込んだ夜
それは、平日の深夜のことでした。ソファでテレビを見てくつろいでいた時、突然、胸の真ん中に、これまで経験したことのないような強い圧迫感が現れたのです。まるで、象に胸を踏みつけられているような、息が詰まるような感覚。痛みは、じわじわと左の肩から腕の内側へと広がっていきました。同時に、額からは冷や汗が噴き出し、吐き気も催してきました。「これは、ただ事ではない」。テレビで見た心筋梗塞の症状が、頭の中を駆け巡りました。私は、震える手でスマートフォンを掴み、救急車を呼ぶべきか一瞬迷った末、深夜でも自家用車で駆け込める救急外来のある総合病院へと向かうことにしました。病院に到着し、受付で「胸がすごく痛くて、苦しいです」と伝えると、看護師さんの表情が変わり、すぐに車椅子に乗せられ、処置室へと運ばれました。そこからは、まさにドラマのような光景でした。すぐに心電図の電極が胸に貼られ、血圧計が腕に巻かれ、指には酸素飽和度を測るモニターが取り付けられました。医師が駆けつけ、「いつからですか?どんな痛みですか?」と矢継ぎ早に質問しながら、私の胸に聴診器を当てます。採血も行われ、血液中の心筋のダメージを示す数値を調べる緊急検査に出されました。幸い、心電図にも、血液検査の速報値にも、心筋梗塞を強く疑うような異常は見つかりませんでした。胸部レントゲンでも肺に異常はなく、最終的に医師から告げられた診断は、「非定型胸痛。おそらく、逆流性食道炎か、肋間神経痛の強いものでしょう」というものでした。原因がはっきりし、命に関わる病気ではなかったことに心から安堵しましたが、同時に、あの時の恐怖と痛みは、今でも鮮明に覚えています。この体験を通して私が学んだのは、胸の痛みに関しては、「考えすぎ」「大げさ」ということはない、ということです。万が一、本当に心筋梗塞であったなら、あの時、私が様子を見て朝まで我慢していたら、どうなっていたかわかりません。結果的に何もなかったとしても、専門家によって「危険はない」と診断してもらうこと。その安心感を得るためだけでも、躊躇なく医療機関を頼ることの重要性を、身をもって知った夜でした。
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その胸の痛みは心臓から?危険なサインの見分け方
胸の痛みと一言で言っても、その原因は様々です。食道の炎症から、肋骨の骨折、あるいはストレスによるものまで、多岐にわたります。しかし、その中で絶対に見逃してはならないのが、心臓が発するSOSサイン、すなわち「虚血性心疾患(狭心症や心筋梗失)」による痛みです。これらは一刻を争う病気であり、その特徴的なサインを知っておくことは、自分や大切な人の命を守る上で非常に重要です。では、危険な胸の痛みにはどのような特徴があるのでしょうか。まず、痛みの「性質」に注目してください。心臓が原因の痛みは、「チクチク」「ズキズキ」といった鋭い痛みであることは比較的少なく、むしろ「胸が締め付けられる」「圧迫される」「重石を乗せられたようだ」と表現される、鈍く広範囲な圧迫感が特徴です。まるで胸を万力で締め上げられるような感覚、と訴える方もいます。次に、痛みの「場所」です。痛みの中心は、胸の真ん中(胸骨の裏あたり)から、やや左側にかけて感じることが多いです。そして、非常に特徴的なのが「放散痛」と呼ばれる現象です。痛みが胸だけでなく、左肩、左腕の内側、首、顎、歯、あるいは背中にまで広がるように感じられます。胸以外の場所が痛むため、心臓の病気だと気づきにくいこともあるので注意が必要です。また、痛みが「持続する時間」も重要な手がかりです。狭心症の場合、痛みは通常、数分から長くても十五分程度で治まります。階段を上るなど、体に負荷がかかった時に出現し、休むと軽快するのが典型的です。一方、心筋梗塞の場合は、この痛みが三十分以上、時には数時間にわたって持続します。安静にしていても痛みは治まらず、冷や汗、吐き気、呼吸困難、意識が遠のくような感覚を伴うことが多く、これは極めて危険な状態です。これらの「締め付けられるような圧迫感」「左肩や腕への放散痛」「冷や汗や息苦しさを伴う持続的な痛み」というサインが一つでも当てはまる場合は、絶対に我慢したり、様子を見たりしてはいけません。すぐに救急車を呼ぶか、循環器内科を受診してください。
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足裏の痛み、その固さは本当にタコですか?
足の裏にできた固いしこり。歩くと痛みを感じるため、多くの人は「またタコか魚の目ができた」と自己判断してしまいがちです。しかし、足の裏にできる痛みを伴う固いものは、それだけではありません。中には、全く異なる原因や治療法が必要な病気が隠れている可能性もあり、安易な自己判断は禁物です。ここでは、魚の目やタコと間違いやすい、他の病気について解説します。まず、最も鑑別が必要なのが「足底疣贅(そくていゆうぜい)」、いわゆる足の裏にできるイボです。これは、ヒトパピローマウイルスというウイルスが、皮膚の小さな傷口から感染してできます。魚の目と非常によく似ていますが、よく見ると表面がザラザラしていて、黒い点々(血栓ができた毛細血管)が見られるのが特徴です。魚の目は圧力がかかると痛むのに対し、イボはつまむようにすると強い痛みを感じることが多いです。これを魚の目と間違えて削ると、ウイルスをまき散らし、イボが増えたり他人にうつしたりする原因になります。治療は、液体窒素による冷凍凝固療法が一般的です。次に考えられるのが、「足底線維腫(そくていせんいしゅ)」です。これは、足の裏にある足底腱膜という強靭な膜から発生する良性の腫瘍(しゅよう)です。土踏まずのあたりに、皮膚の下で弾力のある固いしこりとして触れ、歩行時に圧迫されると痛みを生じます。魚の目やタコのように、皮膚の表面が固くなるわけではないのが見分けるポイントです。また、「ガングリオン」という、関節や腱の周りにゼリー状の液体が溜まってできる袋状の腫瘤も、足の裏にできることがあります。これも皮膚の下のしこりとして感じられます。さらに、非常に稀ではありますが、滑液包炎や、悪性腫瘍(皮膚がんなど)の可能性もゼロではありません。これらの病気は、治療法が全く異なります。自分で判断がつかない場合や、市販薬を使っても改善しない場合、あるいは急に大きくなってきた、形がいびつである、といった場合は、必ず皮膚科を受診してください。専門医による正確な診断こそが、適切な治療への第一歩です。
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ばね指とリウマチ、似ているけど違う指の痛み
朝、指がこわばって動かしにくい。指の関節が痛む。これらの症状は、ばね指と関節リウマチの両方に見られることがあるため、時に混同されることがあります。しかし、この二つは全く異なる病気であり、治療法も全く異なります。正しい治療を受けるためには、その違いを理解しておくことが重要です。まず、「ばね指」は、指を曲げる腱と、それを通すトンネルである腱鞘との間で起こる、機械的な摩擦による「腱鞘炎」です。そのため、症状の主役は「指の付け根の痛み」と「曲げ伸ばしの際の引っかかり(弾発現象)」です。痛みや腫れは、基本的にトラブルが起きている一本の指の付け根に限定されます。一方、「関節リウマチ」は、免疫システムの異常によって、自分自身の関節を攻撃してしまう「自己免疫疾患」です。全身の様々な関節に炎症が起き、放置すると骨や軟骨が破壊され、関節が変形してしまう病気です。リウマチによる指の症状の特徴は、「複数の関節が、左右対称に腫れて痛む」ことです。特に、指の第二関節(PIP関節)や、指の付け根の関節(MCP関節)に症状が出やすい傾向があります。また、ばね指の症状の中心が「腱」であるのに対し、リウマチは「関節そのもの」の炎症です。そして、最も大きな違いが「朝のこわばり」の持続時間です。ばね指でも朝に指が動かしにくいことはありますが、しばらく動かしているうちに改善することがほとんどです。しかし、関節リウマチの朝のこわばりは、通常三十分から一時間以上と、非常に長く続くのが特徴です。もし、あなたの指の痛みが、一本の指の付け根だけでなく、複数の指の関節に及び、特に朝の強いこわばりを伴う場合は、ばね指ではなく関節リウマチの可能性を考える必要があります。その場合の専門診療科は、整形外科の中でも特に「リウマチ科」を標榜している医療機関や、「リウマチ・膠原病内科」となります。血液検査などで診断を確定し、早期に適切な治療を開始することが、関節の変形を防ぐために何よりも重要です。
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家族がヘルパンギーナ、妊婦が家庭内感染を防ぐには
子供がヘルパンギーナと診断された時、妊娠中のお母さんにとって最も重要なミッションは、自身への感染をいかに防ぐか、ということです。ヘルパンギーナのウイルスは感染力が非常に強く、家庭内での感染を防ぐのは容易ではありませんが、正しい知識を持って予防策を徹底することで、そのリスクを大幅に下げることが可能です。まず、敵を知ることが大切です。ヘルパンギーナの主な感染経路は、咳やくしゃみで飛び散るウイルスを吸い込む「飛沫感染」、ウイルスが付着した手で口や鼻に触れる「接触感染」、そして便に排出されたウイルスが口に入る「糞口感染」の三つです。これらの感染経路を、一つひとつ断ち切ることを意識しましょう。最も基本かつ重要なのが、「手洗い」の徹底です。看病をした後、子供が使った食器を片付けた後、そして特にオムツを交換した後は、必ず石鹸と流水で、指の間や手首まで丁寧に洗いましょう。アルコール消毒は、ヘルパンギーナの原因となるエンテロウイルスには効果が低いとされているため、物理的にウイルスを洗い流す手洗いが何よりも効果的です。次に、感染した子供との「密接な接触」を可能な限り避けることです。キスや、同じ食器・カトラリー、タオルの共用は、感染のリスクを著しく高めます。食器は使用後にしっかりと洗浄し、タオルは完全に別のものを用意しましょう。看病の際には、妊婦さん自身もマスクを着用することで、飛沫感染のリスクを減らすことができます。そして、意外と見落とされがちで、かつ非常に重要なのが「糞口感染」対策です。ヘルパンギーナのウイルスは、症状が治まった後も、数週間にわたって便の中から排出され続けます。おむつ交換の際には、使い捨ての手袋を着用し、交換後は汚れたオムツをビニール袋に入れてしっかりと口を縛り、すぐに蓋付きのゴミ箱に捨てましょう。おむつを交換した場所も、次亜塩素酸ナトリウムを含む消毒液などでこまめに拭き取るのが理想です。これらの対策は、手間がかかり大変ですが、お腹の赤ちゃんと自分自身の体を守るために、今できる最善の防御策なのです。
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足裏の痛みが教えてくれる、あなたの体の歪み
足の裏にできた、痛みを伴う固い部分。それは、単に足だけの問題だと考えてはいませんか。実は、その魚の目やタコができる「場所」によって、あなたの体全体のバランスがどのように崩れているのか、その歪みを読み解くヒントが隠されているのです。足の裏は、体全体を支える土台です。この土台のどこか一箇所に過剰な負担がかかっているということは、その上にある建物、つまり体全体が傾いている証拠とも言えます。例えば、「親指の付け根」にタコができやすい人は、歩く時に足が内側に倒れ込む「過回内(オーバープロネーション)」の状態になっている可能性があります。これは扁平足の人に多く見られ、親指に過剰な負担がかかるだけでなく、膝や股関節、腰にもねじれのストレスが加わり、膝痛や腰痛の原因となることがあります。逆に、「小指の付け根」にタコや魚の目ができる人は、歩く時に重心が外側に偏る「O脚」や、足の甲が高い「ハイアーチ」の傾向があります。地面からの衝撃をうまく吸収できず、足首の捻挫を起こしやすかったり、足の外側の筋肉が常に緊張していたりします。また、「人差し指や中指の付け根」にタコや魚の目ができるのは、足の横アーチが低下して足幅が広がる「開張足」の典型的なサインです。特にハイヒールを履く女性に多く見られ、指の付け根の神経が圧迫されて痛みやしびれを引き起こす「モートン病」を併発している可能性も考えられます。「かかと」の縁が固くなる人は、サイズの合わない靴でかかとが擦れていたり、歩く時に地面を強く蹴りすぎている癖があったりします。このように、足の裏のトラブルは、まさに体全体のバランスシートのようなものです。その小さなサインを見過ごさず、「なぜ、ここにばかり負担がかかるのだろう?」と考えてみることが大切です。それは、インソールを見直したり、歩き方を意識したり、あるいは骨盤の歪みを整えるストレッチを始めたりと、体全体の健康を見つめ直す、素晴らしいきっかけになるかもしれません。
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整形外科か整骨院か、膝の痛みの正しい相談先
膝に痛みを感じた時、多くの人が「整形外科」と「整骨院(接骨院)」のどちらに行けば良いのか、その違いがわからずに悩むことがあります。どちらも体の痛みを扱う場所というイメージがありますが、その役割と、できることには明確な違いがあります。この違いを正しく理解することが、適切なケアを受けるための重要な第一歩です。まず、「整形外科」は、医師(整形外科医)が診察を行う医療機関です。医師は、レントゲンやMRIといった画像検査や血液検査などを用いて、痛みの原因を医学的に「診断」する権限を持っています。そして、その診断に基づいて、投薬、注射、手術、リハビリテーションといった「治療行為」を行うことができます。変形性膝関節症や半月板損傷、靭帯損傷、関節リウマチ、痛風といった、膝の痛みの原因となるあらゆる病気の診断と治療が可能です。一方、「整骨院(接骨院)」で施術を行うのは、「柔道整復師」という国家資格者です。柔道整復師は、医師ではなく、診断権や手術、投薬といった医療行為を行うことは法律で認められていません。彼らの専門は、骨折、脱臼、打撲、捻挫、挫傷(肉離れ)といった、急性のケガに対する「応急的な処置」や「後療法(リハビリなど)」です。例えば、スポーツで膝を捻挫した、転んで膝を強く打った、といった急性のケガの場合には、整骨院でアイシングや固定などの処置を受けることができます。しかし、加齢による慢性的な膝の痛みや、原因がはっきりしない痛みに対して、柔道整復師が診断を下し、健康保険を使って継続的に施術を行うことは原則として認められていません。したがって、あなたの膝の痛みが、いつから、何が原因で始まったのかがはっきりしない場合や、慢性的に続いている場合は、まず必ず「整形外科」を受診し、医師による正確な診断を受ける必要があります。そこで、もし骨や関節に大きな異常がなく、筋肉の張りやバランスの問題が指摘された場合に、医師の同意のもとで、リハビリの一環として整骨院での施術を検討する、という順番が最も安全で正しい選択と言えるでしょう。